怪奇超人ブラックマン 第一話
2026年7月27日
第一話 ブラックマン参上!
吸血怪人バラ星人 登場
──日本 某所
「ククク……美しきプレリュード……」
真っ暗な部屋の中……眼鏡をかけ白衣をまとった、いかにも研究者然とした怪しい男がつぶやいた。
その男の目は、光をも吸い込むような漆黒に満ちていた。そして、彼の眼前には、まさにその漆黒が広がっていた。
「フン♪フン♪フン♪」
春の日差しの中、人当たりの良さそうなおばさんが、鼻歌まじりに庭のバラに水をやっていた。彼女の周りには、きれいに手入れされたバラの花がこれでもかと咲き乱れていた。
おばさんの飼い犬が、ワン!ワン!とバラの花壇に向かって吠え立てる。様子がおかしいのに気を取られていると、
「いたっ!?」
おばさんが指を押さえる。バラのトゲがささり、指から血が流れて、ぽたりと地面に落ちた。
「いったぁ~……」
あわてて家に駆けこんだ彼女の後ろで、風もないのにバラの花壇がガサガサ、と揺れた。と思うと、茂みの中からニュッとイバラが出てきて、まるで蛇のように這って行く。その先には、おばさんの姿があった。
シュウッ、と伸びたイバラが、またたくまにおばさんの首に絡みつき、そのまますごい力で後ろに引っ張られる。とっさに首元に手をやるが、その手にも別のイバラが絡みつき、抵抗を許さない。
「いっ!?──いやああぁぁぁ!!!」
閑静な住宅街に、悲鳴がこだました。
「それでは次のニュースです。人が次々と失踪し、現場に白いバラだけが残されるという連続失踪事件が、また発生しました」
「うわー……これで4件目だよ、怖いなあ……」
ニュースを見ている男、黒間 ケン(くろま けん)はごくごく普通の青年である。ごく普通の家庭で普通に成長し、ごく普通のマンションでシェアハウスをしている。
唯一彼にとって普通でない点があるとすれば、それは──
バツン、とテレビが消える。
「ちょっと博士、またブレーカーが!?」
──博士と呼ばれる、怪しい男と暮らしていることだろうか。
部屋の奥の扉を開くと、
「ククク……美しきプレリュード……」
真っ暗な部屋の中……眼鏡をかけ白衣をまとった、いかにも研究者然とした怪しい男がつぶやいていた。彼の名は保科 学(ほしな まなぶ)。いつも怪しい研究をしている怪しいヤツだ。人は彼のことを博士と呼ぶし、彼も自分のことは博士と呼べと言う。
「ああ、黒間か。いいところに来たな、ちょうど呼ぼうと思っていたところだ」
「いや、だってブレーカーが……」
博士がちょいちょい、と手招きするので、黒間は仕方なく研究室に入る。研究室は昼間だというのに異様な暗さ──いや、黒さに包まれていた。
その原因は、部屋の中央にある机の上に載っている、黒い球体にあるのだろうか?
「これは……?」
「まあまあ見ていろ」
博士が机の上のペンを黒い球体に放り込む。博士が指先で示す場所をたどると、黒い球体の先に銀色の装置がつながっている。入り組んだ幾本もの謎の管は、あちこちがアルミホイルでおおわれている。そして、その管の先は隣の部屋──キッチンルームの方向に伸びている。キッチンに入ると、先端は冷蔵庫に接続されていた。
「ちょ、ちょっと!何勝手に」
「まあまあ落ち着け」
博士が冷蔵庫を開けて、ペンを取り出した。ニヤリと博士が笑う。
「手品……?」
虚をつかれて呆然とする博士。一瞬遅れて、
「な、わけないだろうが!」
と叫んだ。続いて長々と説明を始める。
「いいか、これはブラックホールとホワイトホールの間に発生するワームホールの原理を利用した物体転送装置で……」
「あ!しまった!冷蔵庫のアイスが……!?」
博士の説明よりも冷蔵庫のアイスが大事な黒間はブレーカーを上げにいく。
「ま、待て!いまブレーカーを上げるとまずい!」
「え?」
突然、目の前にあの黒い球体が広がっていた。黒い球体の大きさが、大きくなった?
いや、これは──違う。自分の体が、宙に浮いていた。黒い球体に──吸い込まれている?
キッチンも、博士も、周囲の風景もみるみるうちに遠くなり、細く引き伸ばされて、細い光の線になっていく。そして、自分自身の体も長く、長く引き伸ばされて……またたくまに離れてしまう。
自分の周りのものが、黒に塗りつぶされていく。すべての光を、色を、自分の後ろに置いて行ってしまう。そうして、自分自身も黒に覆いつくされてしまう。
……………
一面の黒の中で、一点、白い場所があった。その白い場所は、みるみるうちに大きくなっていって──
「ううむ……」
冷蔵庫を覗く博士の顔面に激突した。
「それで、どうだった?ブラックホールに落ちた時は?ワームホールを通っているときは?」
ミニブラックホールの電源を落としたあと、黒間は博士からの質問攻めにあっていた。博士は鼻血と唇から出血しているが、気にするそぶりもない。黒間が閉口していると、ピンポーン、と玄関のインターホンが鳴る。
「チッ、いいところだっていうのに……!」
見るからに不機嫌そうにドタドタと足を踏み鳴らし、玄関を乱暴に開け放つ。
「誰だ!」
「警察だ!騒音と振動がひどいと訴えがあった!」
みるみるうちに博士の顔が青ざめる。それもそのはず、博士の研究器具のほとんどは、彼の前の職場──とある国立研究所から拝借したものばかりなのだ。なんなら、つい最近も一千万円ほどの器具を持ち帰ってきた。博士は合法的に譲り受けたものだ、と主張しているが……。
「なんだ!?もしや連続失踪事件の犯人か!?」
「ち、違いますよ~、ヒッヒッヒ……」
とごまかす博士。
「ムッ!?あの怪しい装置はなんだ!?」
しかし警察は目ざとい。ブラックホール発生装置に目を付けられる。
「あ、あれはなんでもないんですよ、本当になんでもなくて!」
「ますます怪しいヤツだ、とにかく話は署で聞こう!装置は証拠品として押収させてもらう!」
あっけに取られているうちに、同居人が警察に連れていかれてしまいました。どうしたらいいのでしょうか。
……ええ、前々から変な人だなとは思っていたんですよ。
結論から言うと、博士は帰って来た。冷蔵庫から。
冷蔵庫がガタガタ揺れるので黒間が開けると、中から博士が出てきたのだ。
「やれやれ、ひどい目にあったよ……」
「え……抜け出してきたの!?」
これはひどい。脱獄はさらに罪が重くなるというのに……!
「失敬な、抜け出してきたわけではないぞ。ちょっとトイレに行きたかっただけだ。この白衣の下にはいろいろ入ってるからな……」
博士はやれやれ、と肩をすくめて見せる。な、なんという遵法意識の低さ……!
「は、早く逃げないと!また警察が来ちゃうから……!」
「まああわてるな、ちょっと気になることもある」
慌ててない博士のほうが異常なんだよ!しかし、柄にもなく博士が胸ポケットから差し出した白いバラに毒気を抜かれる。
「失踪事件の犯人だと言われるのは不本意だからな、ちょっと警察の手伝いをしてやろうということだ」
ニヤリと笑う博士。と、いうことは……この白いバラは……?
「証拠品盗んできちゃったの!!!???」
黒間ケンは絶叫した。
「見ろ黒間!この白いバラの細胞を!」
「あー、もう警察が来ちゃうだろ!」
「いいから見たまえ!」
博士に半ば強制的に見させられる黒間。細胞と言ってもごく普通の細胞で、面白くもなんともない。
「……これが?」
いぶかしげな顔をすると、博士が言う。
「見てわからんのか?この細胞には、細胞壁がないんだ!」
「……?」
「……はぁ。基本的に、植物の細胞には細胞壁がある。コルクみたいなものをイメージしてもらえばいい。」
うーむ……中学か高校かで、なんか生物の授業で聞いたことがあるような気がする。
「動物の細胞には細胞壁がないんだ。だから、このバラは一見植物に見えるが、実は動物なんだ」
「動物……?」
……なにを言っているんだ?この白いバラが、動物?
そう聞くと、目の前にある美しい白いバラのなかで、ドクドクと何かが脈動するように思えて、恐ろしく気味が悪いように思えてきた。
「そして、怪しいと思って染色体を抽出してみた……。その本数は……46本」
「それは……」
「人間の染色体の数と一致する。性染色体はXX、これは女性だ」
ゾクリ、と背筋に冷たいものが走る。バカな、と叫んだ。
博士の足は、小刻みに震えていた。
特殊な放射線の影響がみられる、これの解析もしたいのだが……という博士を無理やり連れだして外に出た。とにかく警察に見つからないようにしないと、と裏路地を駆けていると、博士が不思議そうに尋ねた。
「なぜ君まで逃げるんだ?逃げるのは私一人でよさそうなものだが……」
何を言っているのかわからず、振り返る。
「君と私は、言うなればただシェアハウスの知り合いだ。私は一人で逃げて、君は知らんぷりをしていればいいんじゃないか?」
「そ、そんなの無理に決まってるだろ!手がかりが俺一人だったら、俺のところに警察が来るに決まっているし……」
黒間は博士にまくしたてる。自分でも、何をやりたいのかは分からないが、自然と声が出た。
「……それに、困ってる人を見捨てるなんてできないだろ!」
博士は、困ってる、か……とつぶやいた。
(そう見えたか。私が。)
「困らせているのは、私のほうだというのに……」
博士が目線を上げると、黒間があわあわと間抜けに口を開き、背後を指さしていた。
グイッ、と腕を持ち上げられ、抵抗する暇もなく地面に組み伏せられる。腕に、冷たいものが嵌められる。
「容疑者を確保!」
その刹那、住宅街に悲鳴が響いた。警官が顔を上げる。
「コイツじゃなかったのか!?」
一瞬逡巡した警官は、とりあえず博士も一緒に連れて現場に行くことにしたようで、手錠を握りしめたまま走り出した。俺は、とりあえず追いかけることしかできなかった。
フゥフゥ、と博士が汗だくで地面に倒れこむ。
「このあたりのはずだが……」
と、警官が警棒を抜く。あたりにはすでに数台のパトカーが来ており、物々しい光景だ。
数人の警官がゆっくりと建物の陰に近づいていく。そのうちの一人が、足元の違和感に気が付いた。
「これは……イバラ……?」
突如、イバラはその警官の足にシュルシュルと巻き付いた!警官がああっ、と声を上げる間に、イバラはすさまじい力で警官を引っ張り、茂みの中へと引き込んだ。
「中田!?」
周囲の警官が茂みの中に突入する。
……いや、それは茂みではなかった!イバラが一斉に動き出し、数人の警官を同時に持ち上げた。そして、その中心にいたのは、異様な生命体であった。
人間のように二足歩行だが、体のあちこちからはちょうどバラを思わせる、鋭いトゲが生えている。肩からは何十ものイバラの茎が生えており、グチグチと不気味に蠢いている。顔の周辺からは花弁が広がり、頭部全体が赤いバラのようだった。
「うう……うあっ!!!」
「ぐっ……!あああ!!」
持ち上げられた警官たちが叫んだかと思うと、ずる、じゅる、という音がして、イバラの茎が卵を呑み込んだ蛇のように動き始めた。みるみるうちに警官たちの顔が青白くなっていく。
「吸血……しているのか……!?」
博士が息を呑んだ。警官たちの体はしぼむように小さくなっていき、一輪の白いバラとなってぽたりと落ちた。続いて、折り重なるようにぽたり、ぽたりと白いバラが次々と落ちていく。
「うっ……撃てえっ!!!」
警官たちが次々と銃を抜き、射撃を始める。パン、パンと乾いた音が響く。
しかし、イバラがヒュッ、ヒュッとうなりをあげたかと思うと、銃弾はすべて軌道をそれて、バラの怪人の周囲のコンクリート壁をえぐっただけだった。
その一瞬のち、イバラが一気に警官たちに巻き付いた。警官たちの抵抗が弱くなり、白いバラとなって地面に落ちた。
「こっそりやるつもりだったが、こうなったらしょうがないな」
「しゃべった!?」
驚愕する博士。恐るべきバラの怪人、たった今、惨劇を引き起こした謎の怪物が、口を開いたのだ!バラの怪人は、続けて話しはじめる。
「俺様はバラ星人、宇宙で一番赤いバラになるために血を吸っているのだ……。さあ、俺様に血を差し出すがいい!!!」
その瞬間、ワン、ワン!とどこからかやって来た犬が吠えた。危ない!と思った。いや、思う前に、すでに体が動いていた。
「なんだ、このこしゃくな犬めが!俺様の邪魔をするなああ!!!」
ブン、と振り上げられたイバラのムチから守るように、黒間は犬に覆いかぶさった。ヒュゴッ、と空気を切り裂く音を立てて、イバラが振り下ろされた。
「黒間──!!!」
博士が絶句する。イバラは、黒間を貫いていた──?
イバラは、黒間の背中から入り、どこにも出ていなかった。
いや、もう一つ不思議なことがある──黒間の体は、全ての光を呑み込んだように、黒だった。着ていた服──果たして服だろうか?異様に変形し、無骨な鎧のような、それでいてスラリとした輪郭。
「黒間……?」
黒い男はゆっくりと立ち上がる。体の下から、きゃいんきゃいん、と犬が出てきた。
黒い男は振り向きざま、手刀でイバラを切り落とした。
「なんだ……貴様はぁ!?」
バラ星人が問う。黒い男は答えた。
「黒間ケン!」
「黒くなったくらいで……強くなったと思うなよ!」
ヒュウッと音を立てて、イバラが一斉に黒間に襲い掛かる。黒間は両手を掲げると、そのイバラをすべて受け止めて見せた!
いや、受け止めたのではない!イバラは次々と黒間の掌の中に飲み込まれていくのだ!
その勢いのままに、黒間は跳ね、バラ星人に飛び蹴りを食らわせる。
「グワアアアッ!!??」
さらにそのまま空中で、バラ星人の顔面を横なぎに蹴りあげる。
「ゲアッ!!??」
ドゴォッ、と音を立ててコンクリート壁に突き刺さるバラ星人。黒間はひらり、と空中で一回転して着地した。
「てめえええ!!ぶち殺すううう!!!」
ずちずち、と肩から再びイバラが伸びていく。コンクリートからムクリと起き上がったバラ星人は、今度はイバラでコンクリート片を拾い上げたかと思うと、黒間に向かって投げつけた!
黒間はスッと左手をかざすと、コンクリート片は左手に吸い込まれた。続いて、右手を構えると、先ほど吸い込んだコンクリート片が飛び出して、バラ星人に向かっていった。
「なにを小手先の技を!!」
バラ星人はイバラを構えると、めちゃくちゃに振り回しあっという間にコンクリート片をバラバラにしてみせる。
「ふん……?どこに行った……」
キョロキョロと探すバラ星人の上に影が差す。見上げたバラ星人の頭に、黒間のかかと落としが突き刺さった。
「ゴアッ!!??ガアッ!!!」
起き上がったバラ星人は、黒間の拳が近づいてくるのを見た。いや、違う、バラ星人自身が拳に近づいているのか……?
世界のすべてが光の線となり、バラ星人の後ろに回り込む。猛烈な勢いで、黒が世界を包み込む。
動いているのは拳か?バラ星人か?
答えは、両方だった。
黒間の拳と激突した瞬間、時が止まり、世界が白に包まれた。白い世界の中で、黒間だけが残った。
バラ星人が倒されると、白いバラは輝き始めた。みるみるうちに大きくなり、発光が収まると人間に戻った。なんと非科学的な事象だが、実際に観測したのだからしょうがない。
警官たちも、なにが起こったのか分からないようで、周囲の異様な様子を見て困惑している。それはそうだ。この目で見た私も、まったく信じられないことが起きていた。起きすぎていた。
「一体……なにがあったんだ……?」
警官が私に尋ねてきたので、こう言ってやった。
「ブラックマンが助けてくれたのさ」
「ブラックマン……?それは一体……?」
おーい、という音がして、ブラックマン──いや、黒間が走ってくる。あの犬を抱えている。
「あら、私はバラに水やりしてたはずじゃ……ポチ!?どこに行ってたの!?」
知らないおばさんが黒間に駆け寄っていく。
「まあーっ、ポチったら誰にでも吠えるのに、こんなになつくなんて……」
黒間を横目に見ながら、私は言った。
「ヒーロー、か……」
終