チラシの裏

怪奇超人ブラックマン 第二話

2026年8月18日


第二話 宇宙で一番強いヤツ

決闘怪人私星人・蛟 登場

「──嘘……!」

黒い和服に身を包んだ少女が、目を見開いた。
その視線の先で、彼女が呼び出した巨大な亀が真っ二つにされ──その向こう側には、たった今亀を叩き切った怪人がいた。
亀は紙吹雪となって掻き消え、怪人は続いて少女のほうに向きなおった。
日本の武将のような、甲冑のようなシルエット。顔面は鉄仮面で覆われており、表情は伺えない。全身は青くうっすらと発光しており、あちこちに亀裂のような銀の模様が走っている。手の甲からは扁平で長い刀身が生えていた。

少女は、震える手で和服から懐刀を取り出す。懐刀と見えたそれは、取り出すうちにみるみる長くなり、少女は1メートルほどのそれを両手で構えた。
怪人は右腕を振り上げると、少女にゆっくりと近づき振り下ろした。ギィン、と少女はとっさに刀で受けたが、

(重い……!)

少女の顔が歪む。
怪人は、今度は左腕を横なぎに切りつける。少女は後ろに飛びのきつつ、受けた刀を滑らせて受けようとするが、カァン、と刀が弾き飛ばされてしまう。
すぐさま少女に迫った怪人は、右腕を最上段に構えた。刀身が太陽を反射して、キラリと光った。

(避けられない──!)

少女は目をつぶった。風を切る音がして、全てが黒くなり、少女の意識は──?

少女は目を開いた。
目の前には、星の光すら呑み込んでしまうような、静かなる玄。
怪人の右腕に斬られ──いや、違った。その黒い男の体は、怪人の右腕を呑み込んでいた。怪人が口を開いた。

「何者だ、お主は……」

「ブラックマン」

その黒い男は言った。

「参上!」


「次のコーナーです!住宅街に突如現れたバラ星人、そして謎の黒ずくめのヒーロー、ブラックマンとは何者なのか!」

「ブラックマン、か……」

ニュースを見ている男、黒間 ケンはごくごく普通の青年である。ごく普通の家庭で普通に成長し、ごく普通のマンションでシェアハウスをしている彼にとって、唯一普通でない点があるとすれば──

ビビビビビ!!!ビビビビビ!!!ビビビビビ!!!

と、突然けたたましく警報が鳴り響く。黒間は奥の部屋に飛び込む。
そこには、眼鏡をかけ白衣をまとった、いかにも研究者然とした怪しい男、保科 学がいた。人は彼のことを博士と呼ぶし、彼も自分のことは博士と呼べと言う。
──シェアハウスの相手が、ごく普通のマッドサイエンティストであることだろうか。

「何の音だ!?」

「いや、これなんだが……」

博士は装置のスイッチを切る。
パラボラアンテナのような装置が透明な箱に入っている。箱の外側は幾本ものカラフルな配線が伸びており、そのうちの一本は、銀の球体が両側に付いた透明な管につながっている。
黒間は問う。

「これは……?」

「ほら、バラ星人に……ちょっと気になることがあってな……」

バラ星人は、地球人の血を吸って白いバラに変えていた。その白いバラから特殊な放射線が出ていることに気づいた博士は解析を行った。その結果、放射線がある種の宇宙線であることを突き止めたのだった。
このパラボラアンテナは、その宇宙線を検出する装置──いわば、『バラ星人検知器』──らしい。検出範囲は周囲1キロメートル、距離に応じて音の強さが変わる、ということだが……。

「それが最大強度で鳴り響くということは、私の装置が故障しているか、あるいは……100メートル以内に宇宙線の発信源がある、ということだ」

博士はここまで語って、

「というわけで黒間、近くにまだバラ星人がいないか探してくれ」

黒間に丸投げした。

「いや、故障しているんじゃ……」

「私じゃバラ星人には勝てないからな、頼むぞブラックマン」

しぶしぶ出かける黒間に、博士が声をかけた。

「ついでにゴミも出しといてくれ」

「あっ!?今日は博士の番だろ!それが狙いか!」


長い黒髪の、白いワンピースの女性……。
どこか物憂げな雰囲気を漂わせる彼女の表情は険しい。

その原因はマンションの外にある共用ゴミ箱を開けようとして、苦戦していることにある。

「手伝いますよ」

黒間が声をかけて、共用ゴミ箱の蓋を開ける。女性が頭をぺこりと下げる。

「ありがとうございます、あの……」

「黒間です」

「黒間さん。蛇塚です。やっぱり、まだ手を使うのには慣れなくて……」

「手……?」

不可解な発言に困惑する黒間。そのとき、突然空が暗くなった。
見上げると、巨大な円盤……だろうか?ネジの頭部分をそのまま大きく引き延ばしたような、あまりにも異様な物体が頭上を覆っていた。
黒間は思わず叫ぶ。

「UFO!?嘘だろ!?」

「あら……」

呆然としているうちに、UFOはゆっくりと頭上から移動していった。我に返った黒間は博士に電話しながらUFOを追う。

「博士!UFOが……UFOがいた!」

その後ろ姿を、蛇塚はじっと見ていた。
彼女の瞳孔はスッ、と細くなり、口からはチロチロと細い舌が覗いた。


「……ああ、UFOか……。うん、うん、ちょっと時間がかかりそうでな……。あとから行くから待っていてくれ」

一方、博士は騒音被害の通報を受けた警察に注意されていた。


サラサラという音も立たないほど穏やかな川から、それはやってきた。

ゴツゴツした細かい突起に覆われた皮膚が、水に塗れて、てらてらと光る。
一見すると、平らな岩のようなその身体は、のそりと動くことでやっと生物だったのだと、細かい突起は鱗だったのだと気付くことができる。
顔には小さな目がついており、その下にはアンバランスな巨大な口が真一文字についている。体長は2mより少し短いくらいだろうか、その身体に対してあまりに短い前足を上げ、河原の石を踏みしめる。

そして、その生物に対峙しているものがいた。黒い和服に身を包んだ、黒髪の少女──。

「蛟よ、鎮まり給え!」

少女がゆっくりと懐刀を取り出すと、その刀身はみるみる長くなる。彼女は蛟に刀を向けて、高らかに宣言する。

「陰陽師、この幽明 境(ゆうめい さかい)が、あなたを鎮めます!」

蛟は少し顔を上げたが、何も意に介していないように再びのそのそと歩き出す。幽明は刀を構え、斜めに空を切り裂いた。

「鬼門より喚ばれよ、亀神!」

刀の軌跡が空間に白く残り、瞼のように開いた。その瞳の奥から、巨大な亀のような怪物が飛び出し、二本足で立ちあがった。
体長は2mを超える。複雑な文様のような巨大な甲羅が太陽の光を反射して輝く。甲羅から飛び出した顔や手足には、鋭い白い模様が刻まれている。
亀は鼻腔の下の鋭い目をらんらんと輝かせ、咆哮した。

亀はドスドスと走り、地面に拳を突き立てる。石が吹き飛び、もうもうと上がった土煙が晴れたときには、亀の手の下にはじたばたと暴れる蛟がいた。しかし、すぐにぬるりと手から抜けられてしまった。
蛟は亀のほうを向き、パク、と口を開けた。かと思うと、いきなりすごい勢いで水を噴きだした。亀が体勢を崩しても、蛟は水を噴きだすのをやめない。
とうとう亀は地面に倒れこみ、甲羅の中に閉じこもる。幽明は唖然とした。

「ちょ、ちょっと!川に戻りなさい!」

幽明らを尻目にのそのそと立ち去る蛟。追いかける彼女はぬかるみに足を取られて転ぶ。和服に泥が跳ね、涙目で立ち上がる彼女に、そっと手を差しのべる亀。

「いや、追いかけなさいよ!」

幽明はよろよろと立ち上がる。蛟に追いすがり、倒れこむように全身で蛟に覆いかぶさる。暴れる蛟を身体の下で感じながら、彼女は唱える。

「掛まくも畏き天地の神等よ……その御業を以て……荒ぶる神等の穢れを、祓い給え清め給え……!」

幽明が唱えるにつれ、暴れていた蛟は次第におとなしくなる。よしよし、大丈夫だから、と蛟の頭を撫でる幽明。亀は、その様子を指をツンツン突き合わせながら見ていた。
しかし、この様子を見ている者が他にもいた。

ゴウンゴウン、という音とともに唐突に、空に円盤が現れた。ネジの頭を引き延ばしたような、異様な造形の円盤。警戒する少女。吠える亀。
やがて、円盤は幽明らの前で止まり、円盤の中から何者かがゆっくりと下りてきた。何もない空気の上を、階段のように歩きながら降りてきた男──彼は、スーツを着た青年のように見える……。青年はにっこりとほほ笑み、一礼する。ついつられて、幽明も頭を下げる。

「こんにちは、先ほどの戦闘、拝見させていただきました。私にはいったい何をなさったのか、さっぱりですが……。少なくとも、あなたはかなりの戦士であるとお見受けします」

幽明は少し居心地の悪そうな顔をする。青年はにこやかに言葉を続ける。

「……あ、失礼、申し遅れました。私、こういうものと申します」

青年は名刺を取り出す。受け取った名刺には、筆文字で

「私星人……?」

と書かれており、困惑する幽明。しかし、見ているうちにその筆文字の形が変わっていく。文字が混じりあい、組み変わり、そしてこう書かれた。

──果たし状

ハッ、と幽明が顔を上げると、スーツの青年の姿はなく、代わりに不気味な怪人が立っていた。
甲冑のようなシルエットに、顔面は鉄仮面で覆われている。全身が赤く発光し、亀裂のような白い模様が走っている。
その怪人は、いきなり殴りかかってきた。

「オラと勝負しろやァ!」

ブンッ、と風を切る拳。その拳を受け止めたのは、彼女の式神である亀だった。
戦闘の開始を告げるように、亀が咆哮した。

「ガアァッ!!!」


「UFO!UFOだ!」
「え……映画の撮影かしら……?」
「Unidentified Flying Object……!このオカルト研としては見逃せませんねえ……!」
「部長!是非とも確認済み飛行物体にしてやりましょうでやんす!」

ゴウンゴウンと音を立てて移動するUFOの下には、すでにたくさんの人だかりができていた。騒ぎ立てる群衆を尻目に、UFOは悠然と移動していく。
すみません、すみませんと言いながら群衆をかき分ける黒間。しかし、UFOは河原の上空に差し掛かると、突然溶けるように彼らの前から消えてしまった。

「消え……た……?」

困惑する黒間を尻目に、学生らしき人たちが我先にと河原へと駆け下りていく。

「あの河原が怪しいですねえ!」
「行くでやんす!」

「き、君たち!危ないぞ!」

学生を追いかける黒間。


「オラオラオラァ!そんなもんかァ!?」

ドスッ、ドスッ、と次々と拳を繰り出す赤い怪人。亀は受け止めるが、ジワジワと押されている。

「頑張って!」

幽明の言葉に反応した亀に、一瞬隙が生じた。怪人はそれを見逃さなかった。

「オラァッ!」

ひときわ大きな雄たけびとともに、亀の腹部に拳が突き立つ。ドオッ、という音を立て、怪人の拳から煙が立つ。すぐさま亀の振り上げた腕が、横なぎに怪人を薙ぎ払う。怪人は吹き飛ばされながらも地面を転がり、体勢を立て直す。
怪人は片膝をついたまま、拳をひらひらと振る。

「いってぇ……堅……すぎじゃねェか……!腹も甲羅でできてんのかァ!?」

「えっと……亀ってそうだけど……」

幽明はちょっと困惑した。
怪人はスッ、と立ち上がり、胸に手を当てながら言った。

「じゃあ……」

怪人の胸が青く輝いたかと思うと、怪人の手のひらが青く染まっていく。そのまま手首、肘へと、赤い身体がどんどん青くなっていく。手の甲からは、鉄の扁平な剣がずるりと生えてくる。
胸、腹、足へと、青色が広がっていくとともに、白い亀裂は、銀の亀裂へと色を変えていく。

「拙者の番か」

青い怪人が言った。そしてすぐさま亀に迫ると、その右手の刀身で薙いだ──。
幽明の目が、見開かれる。

「──嘘……!」

真っ二つに切り裂かれた亀が、紙吹雪となって舞い散る。

幽明は、震える手で和服から懐刀を取り出し、長くなったそれを両手で構えた。
怪人はゆっくりと彼女のもとに歩み寄り、右腕を振り下ろす。とっさに受けた刀が、怪人の左腕で弾き飛ばされる。
息を呑む彼女の目の前で、怪人は右腕を振り上げ、そして──


何もない河原から、突然刀が出現して、宙を舞った。太陽を反射してキラリと光り、それに目がくらんだかと思うと、続けて青い怪人と──襲われる少女が現れた。
黒間は反射的に少女のもとへと向かう。高架下へと駆け込み、身体が陰る。そのまま、身体は墨のように黒く染まっていく。川のように、黒が身体の背後を流れる。

そして、手を伸ばす。
怪人の、その右腕がキラリと光るのを掴むように──。


「な、なにが起きてるんですか!?」

何もない河原に、突然青い怪人と少女が現れ、そこにどこからともなく現れた黒ずくめの奴が乱入してきた。さらに、消えたはずのUFOが彼らの頭上に鎮座していた。

「部長!でも、あの青いの、かっこいいでやんすよ!」

オカルト研の後輩が言う。緊迫感がないやつだ。そんなことより──

「そんなことより、撮影を怠るなよ!」

自分もカメラを取り出し、一瞬たりとも見逃すまいと目に当てる。
怪人は両腕を薙ぐが、ブラックマンは両手で受け止める。じわじわと剣がブラックマンの掌に吞み込まれていく。

「なにっ……オラァッ!」

怪人は、とっさに吠え、身体の色を一気に赤に変えた。呑み込まれかけた剣は光の粒子となって消え、怪人は距離を取るが、追いすがって来たブラックマンの拳を受けて吹き飛ぶ。

「チッ……接近戦は不利ってことかよ……」

空を舞いつつ、怪人は再び姿を青く染め上げる。そのまま剣を振ると、小さな衝撃波が発生し、ブラックマンのほうに次々と向かってくる。
ブラックマンは両手を挙げてそれを受け止めるが、そのうちの一つだけ軌道の違うものがあった。その斬撃は河原の小石を切り裂き舞い散らせる。鋭くとがった小石が、無防備なブラックマンへと向かい──

「危ない!」

その軌道に、幽明が刀を差し込み、小石が弾き飛ばされる。

「あっ!?カメラが!?」
「ひいっ!?こっちにまで飛んできたでやんす!」

なんと不運なことか、二人ともカメラが壊れてしまった。これも “Wheel Of Fortune” ということか……。
見ると、怪人は胸に両手を当てて再び変身しようとしていた。青と赤がぐるぐると混じりあい、亀裂が金色に光り輝いた。

「小癪な奴らめが、麻呂に逆らうというのか!」

バサバサと長い紫の衣が風に舞う。怪人は両手を上げ、叫んだ。

「麻呂の前で、頭が高いでおじゃるよ!!!」

突然、ズシリと頭が重くなり、立っていられなくなる。違う、頭ではなく、全身だ!
すさまじい力で押さえつけられるように、地面に倒れ伏す。悪態をつく後輩。

「一人称麻呂なんてかっこ悪いでやんす……」

それは、幽明も、またブラックマンも同様であった。いや、ブラックマンにとっては同様以上であった。
ブラックマンの力は重力の力だ。しかし、その重力を強制的に引き上げられた状態となった今では、その力がむしろ枷となっていた。
ブラックマンは倒れこむと、ズブズブと沼のように、地面へと沈んでいく。河原の小石がペシャペシャと圧縮されていく。

(まずい──!)

しかし、体中が重く、動くこともままならない。紫の怪人の高笑いを聞きながら、ブラックマンはなすすべもなく敗北しようとしていた。

「きゃっ!?」

そのとき、倒れた幽明の身体の下がもぞもぞと動いた。岩のような何かが、彼女の身体の下から這い出した。そして、それは口を開くと、突然水を吐き出した。

「ダァーハッハッハ!……ん?」

怪人に突然水鉄砲が直撃し、怪人が体勢を崩す。途端に身体が軽くなる。
ブラックマンは立ち上がり、左腕を前に出す。

「おのれ……!」

起き上がった怪人の周囲の光景が、歪んでいく。光景が背後に流れていき、前から黒い何かが迫ってくる。それは、ブラックマンの左手であった。
左手が握られ、世界が黒に握られる。そして、左手を引くとともに、はるか先から、右手の拳が飛んでくる。
──はるか先?すでに、目の前であった。

ドゴオオオオォォォ……!!!

轟音を立てて、怪人は円盤へと突き刺さる。そして、円盤は──

『勝利……おめ……でとう……ございます。次の…………』

ノイズ交じりの電子音声が聞こえたが、次の瞬間大爆発を起こし、そして聞こえなくなった。

「か……かっけえ……!!!」

オカルト研の後輩は、語尾も忘れて感嘆した。


「どこ行っちゃったんだろう……?」

怪人を倒したあと、どこへともなく立ち去ったブラックマンを、幽明は探していた。そこに現れた黒間。彼女は黒間に声をかける。

「あの……ブラックマンさんですか?」

「!!!……いえ、違います」

プルプル首を振る黒間。その足元に、そっと蛟が寄り添って、チャー、と鳴いた。

「ブラックマンさんですよね!?」

「!!!……いや……」

「だって……」

彼女は続ける。

「五行の黒は水だから、そんなに相性がいいんですよね?」

呆気にとられる黒間の前で、彼女は頭を深々と下げる。

「お願いします!……私を、弟子にしてください!」

「え……ええーーー!!!???」